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私たち「糀屋三郎右衛門」について

初めまして。私は東京・練馬区中村で「糀屋三郎右衛門」という店を構え、こうじやみそをつくって商いをしております。

三郎右衛門の名は、江戸時代、私の家が現在の茨城県稲敷郡江戸崎町上君山というところで名主を務めていたときの屋号を、そのまま使っております。
その地でみそやこうじを商い始めたのが、明治の中期のことと聞いております。大正の初めに、こうじ室から出火して、みそ蔵から主屋まで全焼してしまいましたが、天保十年(1839年)建造の土蔵だけは、わが家の宝として、現在も残っております。

東京に出てきたのは震災後の大正十二年、私の祖父でございます。初めは上野駅近くに店を構えましたが、手狭になったので、昭和十四年に現在の練馬区中村にみそ工場を建て、のちに店も移転いたしました。

しかし、その主たる働き手であった叔父が出征し、戦死したため、私が東京空襲の真っ最中である昭和二十年に郷里より呼び出され、この仕事を継ぐことになりました。戦死した叔父が務めていた東京・王子の大蔵省醸造試験所で、幸いにも私も学ぶことができ、以来、今日まで五十有余年、こうじ・みそづくりにかけてまいりました。

六代目 辻田紀代志

六代目 辻田紀代志

戦後のみそづくりには、原料事情をはじめ、現在では想像もつかないような困難がありました。結婚後、初めて女房の父に私のつくったみそを持参したところ「こんなまずいみそ、食べられるか」と叱られたことをはっきり覚えています。以来、田舎の家庭の手づくりみその食べ歩きを始め、一番おいしかった家のみそづくりを取り入れて、改良を繰り返してまいりました。

努力の甲斐あってか、おかげさまで、私のつくってきたみそは、現在までに多くの方々の絶賛をいただいてきました。テレビや新聞、雑誌などで数多く紹介されただけでなく、アメリカの書籍「BOOK OF MISO」にも私の「手づくりみそ」が事こまかに紹介されております。

人々の健康を考えるとき、「食」を切り離して考えることはできません。私は、現在のような自然食品・健康食品ブームが起こる以前から、みその無添加・天然醸造にこだわってきました。よい原料を使い、ていねいに仕込んだみそは、間違いなくおいしく、そのうえ安全で健康によいからです。コストや手間はかかりますが、健康はなにものにも代えられないと思うからです。

みそは日本人の心を築き、健康をつくってきました。私は、これからもおいしいみそをつくり続けたいと思っています。そのために次世代に継承、伝授していくことに意欲を燃やしております。

糀屋三郎右衛門の手づくりみそ自慢
手づくりみそ自慢
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昔みそ
おふくろ自慢
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